かわら版

■ 科学者の無常観 ■

「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。
よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし」
この名文句で始まる『方丈記』は鴨長明が平安時代末の不安な社会背景のなかで出家したのち、
日野山の方丈の草庵にて記したものです。
時代は現在に至り、DNA先端科学研究に長年携わってこられた分子生物学者の福岡伸一氏は、
著書『生物と無生物のあいだ』のむすびに「生命という名の動的な平衡は、それ自体、いずれの
瞬間でも危ういまでのバランスをとりつつ、同時に時間軸の上を一方向にたどりながら折りたたまれている」、「私たちは自然の流れの前に跪く以外に、そして生命のありようをただ記述すること以外になすすべはないのである」と述べておられます。
近代科学以前に生きた鴨長明と近代科学の最前線に生きる著者のそれぞれの無常観を感じさせる
ところではあるものの、福岡氏の無常観には諦感とともに、人知の及ばない不思議な自然の大きな力について正面から向き合って得られた達観を感じさせられます。
近代科学技術の発達のお陰でわたしたちは鴨長明が生きた時代には想像できなかったような豊かな生活に恵まれるようになりましたが、同時にそれらがもたらす弊害の存在を無視できなくなりました。
しかし、私たちの生活の場である都市社会や組織が自然環境という大きな生命活動のなかで営まれ、その構成員たる私たち自身が小さな生命であることからすれば、生命が大小の時間軸と大小の空間のなかで人知の及ばない不思議な動的な平衡のなかで生かされているという分子生物学における現実は科学が私たち教えてくれる希望であって、私たちが有する謙虚さと生命力の源ではないかと思います。


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