かわら版

■ 原子力発電再考 ■

3 月11 日の東日本大震災からまもなく半年近くなりますが、ほぼ同時に発生しました福島第一原発事故は未だ収束しておりません(7 月末現在)。
今回の事故は深く考えさせられます。
福島県には、第一原発6 基、第二原発4 基がありさらに小高・浪江地区に新設する計画があります。
原子力発電は、我が国の重要なエネルギー供給源であり、国策として原子力行政が進められてきました。
また、原子力発電は、クリーンなエネルギーでコストは他の発電と比較して安価とされてきました。
さらに、原子力発電は多重防護とされ、事故は絶対に起こり得ないという安全神話が作られてきました。
3 月14 日に3 号機の水素爆発が起きてから「フクシマの悲劇」の始まりとなりました。
約10万人弱が福島県内外に避難生活を余儀なくされています。
地域社会は崩壊し多くの人が職を失いました。
教育を受ける子供たちは放射能のリスクに怯えながら学校に通学しています。
この夏休みに多くの小中学生が転校を予定しています。
また、農林水産業から製造業、サービス業の全産業に多くの被害が発生し、さらに風評被害に悩まされ経済的には大打撃であります。
原子力発電については、推進論、現状維持、脱原発、縮原発、卒原発の様々な考えがあります。
国内に54 基の原発がありますが、地震が多発し国土の狭い我が国にそんなに原発が必要なのでしょうか。
一度、事故が起きますと制御不能となり、今後何年で以前の状態に回復するのか予測できません。
今年の夏、電力供給不足を回避したとしましても今年の冬以降もその危機は続きますが、安易に原発に依存すべきではありません。
多少の不自由さを我慢するライフスタイルを確立し、そのような価値観を共有することが重要です。
コストが優先し、経済合理性を追求の結果、原発事故が再び発生して生命や財産が奪われることは二度と許されません。


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